坂口志文先生と制御性T細胞と私

さて。

この度、2025年度のノーベル生理学・医学賞を大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任教授の坂口志文先生が受賞されました。この授賞は、免疫応答を抑制する「制御性T細胞 (Regulatory T cells: Treg)」を発見し、その重要性を解明してこられた功績に対して与えられたものです。

私はなにを隠そう、慶應義塾大学医学部大学院在籍時代に、まさにこの制御性T細胞に関する研究を行っていましたので、当時のことを思い出しながら問わず語りにつらつらとこの文章をしたためている次第であります。しばしお付き合いください。

目次

私の研究テーマ:天疱瘡とは

2003年の7月、大学院生として慶應義塾大学医学部微生物学教室小安研究室で研究を始めることになりました。以前から免疫学には興味がありましたので、この環境は願ったり叶ったりでした。私に与えられた研究テーマは、「CD4+CD25+regulatory T cell(Treg)による天疱瘡の制御」でした。

天疱瘡は、皮膚および粘膜の自己免疫疾患で、皮膚細胞の接着分子であるデスモグレイン(Desmoglein: Dsg)に対する自己抗体により発症します。口腔粘膜のびらんや、皮膚に水疱を形成する難病です。

天疱瘡の治療(のみならず自己免疫疾患の治療)は、基本的には経口ステロイドやその他免疫抑制薬による免疫抑制です。これは絨毯爆撃的に免疫機能を抑えてしまう治療であり、ウイルスや細菌・真菌に対する免疫も抑制されてしまうため、各種感染症に罹患しやすくなるという諸刃の剣的な治療です。

とくに天疱瘡を初めとする自己免疫性水疱症においては、皮膚面のびらんを生じるために、感染症のリスクがとても高いと言えます。実際に慶應義塾大学病院での診療において、細菌感染から生死をさまようような症例を幾度も経験しておりました。

そんな中で、自己免疫疾患の治療として、「抗原特異的な免疫抑制制御」というのが、治療に携わる医師たちの悲願だったわけです。

制御性T細胞を使えば天疱瘡を抗原特異的に治せるのではないか?というのが、この研究の端緒となった発想です。

当時の慶應義塾大学医学部皮膚科学教室

慶應義塾大学医学部皮膚科学教室では、西川武二教授(当時)の時代から自己免疫水疱症の研究が盛んに行われておりました。天谷雅行講師(当時)が、留学先のペンシルバニア大学で天疱瘡の自己抗原がデスモグレインであることを発見されました。その後、慶應義塾大学医学皮膚科は天疱瘡研究のメッカとして、天疱瘡モデルマウスの作成、リコンビナントデスモグレインによるELISAキットの開発など、天疱瘡に関する研究が花盛りでした。

突如大学院で研究をしたいという情熱に駆られた私は、西川教授、天谷講師に相談をして、様様な紆余曲折を経て、免疫学教室小安研究室に預けられる流れとなりました。

免疫学との出会い

免疫の働きの基礎は、「自己と非自己の識別」であります。より正確に言えば、「自己」とはなにかを学習した免疫細胞が、自己ではない「非自己」を攻撃排除する、というのが免疫システムなわけです。

「自己とはなにか」というのは青春時代の根源的な問いであり、私が高校生の頃に多田富雄先生の「免疫の意味論」がベストセラーとなっており、なんとなく免疫学という学問に対する憧憬を憶えていたのでした。

1995年に私は慶應義塾大学医学部に入学しました。その同じ年に、慶應義塾大学医学部免疫学教室の教授として赴任してきたのが小安重夫先生(現:量子科学技術研究開発機構 理事長)でした。

3年生になり、信濃町キャンパスでの基礎講義が始まりました。今なお現存する東校舎の階段教室で免疫学の講義を受講することになりました。

小安先生は当時42歳、アメリカ帰りの新進気鋭の免疫学者で、とてもエネルギッシュな講義でした。

「MHCクラスワーン(と言いながら親指を突き立てる)、クラスツー(と言いながらさらに人差し指を立てる)」という、アメリカ式の数の数え方に、われわれ医学生一同は心をつかまれたのでした。

免疫学の講義の中でも印象に残っているのが、客員講師として招かれた岸本忠三先生(現:大阪大学免疫学フロンティア研究センター免疫グループ免疫機能統御学 主任研究者)のご講義でした。

岸本先生は免疫学を学ぶ者で知らぬ者はいない、IL-6の発見者であります。岸本先生によるIL-6の発見が、抗IL-6抗体製剤(アクテムラ)の開発につながりました。抗IL-6抗体の投与により、関節痛で歩くことすらままならなかった関節リウマチの患者さんが、すたすたと階段を上り下りしている動画を講義で見せていただき、大変な感銘を受けたことを今でも鮮烈に憶えています。

それから30年ちかくが経過した現在、クリニックの現場において重症のアトピー性皮膚炎患者さんや乾癬患者さんに抗体製剤による治療を日常的に行っていて、医学の進歩には本当に感謝しかありません。

当時の慶應義塾大学東校舎

というわけで、冒頭に戻り、2003年の7月、大学院生として慶應義塾大学医学部微生物学・免疫学教室小安研究室で研究を始めることになりました。

当時の東校舎は、2階が病理学教室、3階が微生物学・免疫学教室小安研、4階が微生物学・免疫学教室石川博通研でした。2階には皮膚科の同期で、大学院に同期入学した種瀬啓士くん(現:東邦大学医学部皮膚科大森病院 准教授)が在籍していました。

小安研における直接の指導教官は松田達志先生(現:関西医科大学附属生命医学研究所生体情報部門 准教授)でした。ピペットマンの使い方から始まり、マウスの扱い方、セルソーターの使い方など、研究の基礎を仕込んでいただきました。

巨人の肩に乗る

科学の世界では、「巨人の肩に乗る」ということがよく言われます。先人たちが築き上げた知識や発見という「巨人」の土台の上に立ち、その知識を基盤として新たな発見やより高い視点を得るという意味の言葉です。

巨人の肩に乗るためには、そこまでは自力で這い上がっていかなければなりません。というわけで、小安研に入って最初にしたことは、自分の新たな研究テーマとなった制御性T細胞に関する過去の論文を読みあさることでした。

学生時代に免疫学の講義まじめに受けていたので、それなりには理解ができましたが、ところどころは難解な部分もありました。座右にJanewayの免疫生物学を置いて、分からないところは参照したりしながら、制御性T細胞に関する知識を積み上げていきました。

それと並行して、天疱瘡モデルマウス作成の手技についても学び始めました。これに関しては皮膚科学教室の先輩である髙江雄二郎先生(現:東新宿駅前皮ふ科 院長)にみっちり仕込んでいただきました。 

マウスの保定の仕方、マウスからの採血、細胞の移注方法、体重測定や写真撮影の技法などを学びました。とくに写真撮影に関しては、マウスの顔面の写真を毎回決まりきった画角で正確に撮影するよう、厳しく指導を受けました。この技術は今なお日々の臨床に活かされています。

小安研での日々

小安研では文字通り朝から晩まで(ときには未明まで)実験に明け暮れていました。

毎週火曜日の午前10時からラボミーティングがあって、各自の1週間の実験生データを供覧してディスカッション、そこから先の研究の方向性を決めるということをやっていました。

小安先生は非常におおらかなお人柄でしたので、ブラック研究室とはほど遠い、ホワイト研究室の雰囲気でした。

毎週金曜日の17時からは、ハッピーアワーと称してラボの休憩室にみんなで集まっての小パーティが行われていました。ほぼ大半はくだらない与太話をしていましたが、ときに真面目な科学のディスカッションが始まったりして、これもまた楽しいものでした。

教授室から高そうなO○○○O○○(自主規制)を持ち出してみんなで飲んだのも、今となっては楽しい思い出です(時効)。 

ナイーブな質問

小安先生の名台詞として、「ナイーブな質問で恐縮ですが」があります。

医学会において、「素人質問で恐縮ですが」というフレーズがあります。これは学会の質疑応答の場において用いられるセリフですが、実際にその質問をするのは学会の重鎮の教授先生たちであって、このセリフを聞いた演者は慄然として震え上がるのです。

小安先生はこれを、免疫学者らしく「ナイーブな質問で恐縮ですが」と言っておられました。

これまでに小安先生以外でこの言い回しをしている人を見たことがありません。

坂口志文先生の研究と制御性T細胞の発見

閑話休題。

日々の臨床で天疱瘡、類天疱瘡などの自己免疫性水疱症、SLEや皮膚筋炎などの膠原病の患者さんたちを診ていて、なぜ自己免疫疾患が発症するのか疑問に感じていました。

Tregは、その答えのひとつになるものです。

そもそもTregの存在は、坂口志文先生らによって明らかにされました。Sakaguchiらは、正常マウスの末梢リンパ球から、Tregを取り除いた上で同系統の免疫不全マウスに移入しました。その結果、レシピエントマウスは自己免疫性胃炎、炎症性腸疾患、自己免疫性甲状腺炎など、さまざまな臓器特異的自己免疫疾患を発症しました。

この実験結果は、正常マウスにも自己反応性のT細胞が存在しているということ、これら自己反応性T細胞の活性化・増殖をTregが制御していること、Tregの除去により自己免疫寛容が損なわれ自己免疫疾患を発症しうること、を意味しています。

この研究成果をきっかけにTregの研究が精力的に行われ、さまざまな自己免疫疾患モデルマウスで、Tregの疾患抑制効果が明らかにされてきていました。

制御性T細胞と天疱瘡モデルマウス

そこで、天疱瘡モデルマウスの系においても同様のTregによる抑制効果が見られるかどうかを検討するのが、私に与えられた研究テーマでした。裏の(そして免疫学的にはこちらの方が重要な)テーマは、Tregによる免疫抑制に抗原特異性はあるか?というものでした。

天疱瘡モデルマウスはrDsg3によって免疫されたDsg3-/-マウスの脾臓細胞を、Rag2-/-マウスに移入することによって作成します。この際、同系の野生型マウスから分離・精製してきたCD4+CD25+Tregを同時に移入しました。その結果、Tregを移入することによって、抗Dsg3抗体産生が抑制されること、同時に体重減少に対しても抑制効果が見られることが明らかとなりました。

次いでこの裏実験として、Tregの除去実験を行いました。Tregに自己免疫疾患の抑制作用があるのであれば、その抑制効果を取り除くことで自己免疫が増悪するだろうかと言うことです。rDsg3による免疫を行っていない、ナイーブDsg3-/-マウスの脾臓細胞をRag2-/-マウスに移入することでも、天疱瘡モデルマウスを作成できることがすでに示されています。その際に、Tregを除去した脾臓細胞を移入しました。予想通り、Tregの除去により抗Dsg3抗体価が有意に上昇しました。

2006年の12月には、第36回日本免疫学会総会(於:大阪)で研究成果の口頭発表を行い、Treg研究の第一人者である坂口志文教授から直々にコメントを頂くと言う僥倖に与りました。大変興奮したことをよく覚えております。

茂呂和世先生とILC

ところで、当時の小安研のメンバーで、ラボで私の隣の席に座っていたのが茂呂和世さん(現:大阪大学大学院医学系研究科生体防御学教室 教授)でした。

茂呂さんは、マウスの腸間膜に新しい細胞の集塊(Fat-associated lymphoid cluster: FALC)を発見し、その細胞の解析をテーマとしていました。

ラボミーティングの場において、毎回毎回「lineage negative c-kit positive Sca-1 positive lymphoid cells」という文言を呪文のごとく聞かされて、20年近くが経った今でもそらんじられるわけですが、それが後に免疫学会を揺るがす自然リンパ球(Innate lymphoid cells: ILC)の発見につながるとは当時の私にはまったく理解できていませんでした。

小安先生は当然その細胞の可能性に気づかれていて、今にして振り返ると毎回のミーティングではかなり熱のこもった議論が繰り広げられていました。

ILCは皮膚疾患においてもアトピー性皮膚炎の発症に関わっているとされており、小安研究室でなされた発見が皮膚科の仕事にも活かされているということに、運命めいたものを感じています。

茂呂和世先生はノーベル生理学・医学賞をいつの日か受賞されると信じていますので、いまからとても楽しみです。

基礎研究によって得られたこと

われわれ皮膚科医が皮疹を見る際に、いくつかの目を持って見ていると思います。

皮膚科医としての目、病理医としての目、外科医としての目、またダーモスコピーを通してみる偏光の目などなど。

基礎研究を通して、そこに基礎科学者としての目が加わりました。より一段と深い視点から皮疹を観察することができるようになったと今になって感じています。

参照:直径7マイクロメートルの天使と悪魔

巨人の肩の表皮細胞

2025年10月6日に、坂口志文先生のノーベル生理学・医学賞授賞が発表されました。

その2週後の10月22日に、慶應義塾大学医学部皮膚科学教室向井美穂先生らの論文が国際学術雑誌Science Translational Medicineに掲載されました。この論文は慶應義塾大学医学部皮膚科学教室と坂口志文先生の研究室の共同研究によるものです。

“Conversion of pathogenic T cells into functionally stabilized Treg cells for antigen-specific immunosuppression in pemphigus vulgaris”と題した論文において、機能的に安定化させた誘導型制御性T細胞(induced regulatory T cell; iTreg)が、尋常性天疱瘡モデルマウスにおいて抗原特異的に症状を抑制することが実証されました。また、尋常性天疱瘡患者の末梢血からも他の細胞の活性化を抑える抑制活性を持った安定化iTregを作製することに成功したと報告されました。

参照:慶應義塾大学医学部プレスリリース

われわれの悲願であった、抗原特異的な免疫抑制制御の基礎をなす素晴らしい研究成果です。

この論文の中で拙論文を引用していただいておりまして、巨人の肩の小さな表皮細胞のひとつを作る程度の貢献を自分自身が成せたのかなと、思っている次第です。

2025年12月11日 とも皮膚科クリニック 院長 横山知明

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

皮膚科専門医・指導医/アレルギー専門医/医学博士/日本医師会認定産業医/がん治療認定医
2001年慶應義塾大学医学部卒業

目次